春の朝、遠くの山並みに霧がかかり、川面には桜の花びらが静かに流れていく。石畳の坂道を下ると、古い喫茶店の窓から焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
夏の夕暮れ、入道雲が海の向こうに立ち上がり、砂浜では子どもたちが貝殻を拾い集めている。祭りの太鼓の音が風に乗って、提灯の明かりが一つずつ灯りはじめる。
秋になると、棚田は黄金色に染まり、柿の実が軒先に吊るされる。図書館の窓辺で読書をする人の肩に、午後の柔らかな光が落ちていた。
冬の夜、囲炉裏の火がぱちぱちと爆ぜ、鉄瓶の湯気が天井へ昇っていく。雪の積もった参道を歩くと、足元で新雪がきゅっと鳴った。
市場の朝は早い。魚の競りの声、八百屋の店先に並ぶ大根と蕪、湯気の立つ味噌汁の椀。港の灯台は今日も沖へ向かう船を静かに見送っている。
旅の終わりに、悲劇のヒロインになる前に、駅前の食堂で温かい蕎麦をすすりながら、車窓から見た風景を手帳に書き留めた。次の季節にまた訪れることを約束して、列車に乗り込んだ。
